世界タイトルマッチの観客

矢吹の世界タイトルマッチには、過去の知人・関係者も多く観戦に来ているのですが、ここでも疑問が2つあります。

なぜ、西は応援に来なかったのでしょうか。
いくら仕事が忙しかったとしても、丈の世界タイトルマッチは見たかったはずです。考えられることは、紀子が「見たくない」と言い張ったため、「なら、わいもやめとくわ。」と諦めたことくらいでしょうか。西も結婚してからは、丈と疎遠になっていますからね。

もう1つの疑問は、青山の座席です。
少年院で丈と同室だったガイコツら3人は一緒に座っています(16巻42ページ)が、青山は別の所(ページ43)に座っています。確認のために3人の反対側(79ページ)を見ても、別の人が座っています。しかし、最終ラウンドになると、突如として少年院の3人の隣に座っているのです。(275ページ)
存在感の薄い青山なだけに、作者も座席を書き間違えてしまったのでしょうか。それとも、隣にいたおじさんが、矢吹の勝ちはないと思って帰ってしまったのでしょうか。

矢吹丈は激痩せで世界戦!

金竜飛戦以降、常にウェイトとも戦ってきた矢吹丈ですが、世界タイトルマッチでは、何故か「117パウンド4分の1」とリミットの118パウンドぎりぎりではなくなりました。(16巻50ページ)何故でしょうか。

骨格自体が大きくなっていると書いてあったので、ここまで落ちるのは異常だと思います。況してや、葉子の訪問を避けていたため、練習不足でウェイトオーバーの危険すらあったはずです。

因みに、デビュー戦でさえ117パウンド2分の1だったので、117パウンド4分の1は、過去最軽量です。どこにも触れてない内容ですが、異常な軽さです。

考えられるのは、精神的な影響で痩せてしまったことくらいでしょうか。ちょっとナーバスになっていたようですからね。私には、これくらいしか原因が見当たりませんでした。

結局「あした」は何なのか

まずは、「あした」の意味からです。

「あした」が今日の翌日としての意味だけではなく、「近い将来」を指すのは、皆さんにも共通するご意見だと思います。また、西のような「今日を一所懸命暮らす人にとっての明日」とも異なり、「目標」が存在することも、必要な要素だと思います。

人によって表現は異なるでしょうが、私は「目標へ到達するために通過する近い将来」を「あした」の意味と定義します。


それでは、「あした」の台詞を多く発した丹下段平と矢吹丈についての「あした」を考えます。

段平にとっての目標は、書くまでもなく世界チャンピオンを生み出すことです。このことは第1巻から書かれていますし、丈の対戦相手で慎重になったり、フェザー級へ転向させようとしたのも、偏(ひとえ)にチャンピオンを育てるためです。

つまり、丹下段平が少年院の丈に送った手紙「あしたのために」の意味は「世界チャンピオンになるために通過する近い将来のために」なので、「プロボクサーになるために」と捉えることができます。


次は、意見の分かれそうな矢吹丈にとっての「あした」です。

矢吹丈がボクシングを始めたきっかけは丹下段平との出会いですが、真剣に打ち込んだのは、力石徹に勝つためです。しかし、力石徹に勝つことも、ボクシングの世界チャンピオンになることも、丈にとっての「あした」ではないと考えます。その判断材料となる台詞もいくつかありますが、特徴的なのが次の3つです。

・少年院からの脱走を力石にはばまれて、こう言います。「自由をうばわれるのは がまんがならねえが… 負けるってことは もっと もっと がまんがならねえ!」(2巻75ページ)
・東洋チャンピオンになったばかりの丈は段平にこう言いました。「いまより上の者が世の中にあるってことを知ってながら、ぬるま湯につかっているなんざガマンができねえのさ!」(13巻128ページ)
・ホセと戦う前にもう一戦防衛戦をすることになると、こう言いました。「なぐりあいてえ野郎がメキシコにいる だから おれは メキシコにいく!」(14巻196ページ)

要するに、自分より強い奴がいる場所がボクシングの世界だったというだけで、それに勝つためにボクシングをしているということです。上で紹介した文の「がまんがならねえ」でも分かる通り、このことは目標でも何でもなく、「がまんがならねえ」という感情的なことです。ですから、世界チャンピオンや特定の対戦相手は、丈の「あした」ではありえません。

では、丈にとっての「あした」とは何なんでしょうか。そのヒントは、ボクシングの合間合間にあります。

冒頭の大計画を覚えていらっしゃいますか。ドヤ街に遊園地や工場などを建てるという大計画です。(1巻115ページ)
養護施設を抜け出し、方々を転々としていた丈が、ようやく見つけた居場所がチビ連や段平達がいるドヤ街です。その居場所を皆が幸せに暮らせる町にしたいというのが丈の願いでした。

また、ハワイで東洋タイトルを防衛し、帰国する時の丈も象徴的です。(14巻89ページから114ページ)
機内ではホセにやられる夢にうなされていたのに、ドヤ街の住人の出迎えに会った途端、さっぱりと吹っ飛びます。そこには、「ボクサーであることもわすれた」と書かれています。

他にも、少年院から退院した丈が、ドヤ街の住人からの歓迎に感動する場面などありますが、丈がドヤ街の住人と接するときの言動は、どれも実に穏やかです。

私は「身近な人の幸せ」が丈にとっての「あした」だと考えます。ボクシングでドヤ街を活気付かせることができた丈ですが、ボクシングを辞めてからも、そして白木葉子と結婚することになったとしても、きっとドヤ街と共に生きるように思います。それが丈にとっての「あした」なのですから。

皆さんは、いかがお考えですか。

矢吹丈は白木葉子に何を伝えたかったのか

金竜飛との東洋タイトルマッチに勝利した後、矢吹丈は白木葉子を探します。(13巻110ページ)
葉子に何を伝えたかったのでしょうか。

 1.さっきは水をかけてすまなかったな。
   (87ページで矢吹は葉子に「うせろっ」って水をかけた)
 2.葉子が力石を思い出させてくれたお陰で、試合に勝てたよ。
   (84ページで葉子は矢吹に「力石徹をわすれたの」と語りかけた)
 3.力石には悪いが、俺はまだ死ねない。
   (85ページで葉子は「力石くんはむりな減量を重ねはげしい打撃戦をくりかえしたあげくに死んでしまった 矢吹くんもいまそのおなじ道を歩んでいるんです」と語りかけた)
 4.このチャンピオンベルトは、力石にささげてくれ。
   (111ページで「力石よ…おまえのくれたチャンピオンベルトだぜ」と天に向かってベルトを掲げた)

表現の違いはあるでしょうが、「1:謝罪」「2:感謝」「3:説明」「4:依頼」の内容の何れかではないでしょうか。

個人的には3であってほしいのですが、皆さんはどのようにお考えですか。